「ぺこ」
日本一有名なVtuber、兎田ぺこらが用いる独特の表現である。
ただのキャラクター付けのためのおもしろ語尾……かというと、そうでもない。
しっかりと考えてみれば実のところ、非常に効率的なシステムなのである。
「ぺこ」はなぜこれほど魅力的なのか
キャラクターを造形する際に、それに個性を持たせるため語尾に特徴を付ける、というのはわりとありがちな方法である。
大勢のキャラクターが登場する「とある魔術の禁書目録」のシリーズでは、登場するキャラクターほとんどに特有の語尾が付与されており、セリフひとつでどのキャラクターの発言かすぐに判断できるように工夫されている。
それ以外にも「~なのだ」や「~だっちゃ」など、キャラクターを記号化するための語尾というのは枚挙にいとまがない。
つまりは使い古された手法である。
唯一「ぺこ」が持っている新規性は「それを使うキャラクターがVtuberである」ということだけだ。
そんな中で「ぺこ」が魅力的な理由は以下のとおりである。
理由その①:破裂音/p/で始まるため、かわいらしさ、子供っぽさのある軽快な響きである
理由その②:使い方が無制限である
理由その③:ぺこら本人の名前をもじっている
愛は共有……というのは青山の主張だが、人間には実際にミラーリング効果やネームコーリング効果といって、気に入った相手を模倣したり、積極的に名前を呼んだりすることで無意識に心理的な距離を縮めようとする性質がある。
彼女の動画を見るに、語尾の「ぺこ」はまずあまりに特徴的であるため、ぺこらを気に入り模倣したいとなれば最初にこの「ぺこ」から入ることとなる。
彼女が「こんぺこ~」と言えば、「こんぺこ~」と返す。そういうところから模倣は始まる。
使ってみるとまず気付くのは、この「ぺこ」はかわいらしくて真似しやすい音をもってはいるものの、文法的にはあまり意味がないことだ。文法的に意味を持たないことは、逆に言えばどういった文章中に挿入しても意味上での無理が生まれにくいということだから、その点では特長である。日本語はそもそも文法やボキャブラリーが自由な言語ではあるが、「ぺこ」はその中でもかなり高い自由度を持つ語であると言える。
そしてこの「ぺこ」は当然のことであるが、ぺこら本人の名前から端を発している。これはかなり重要な要素で、我々が「ぺこ」と発音するたび、何も考えずともぺこらの名前を3分の2ほど呼んでいることになる。
ぺこらを気に入り、彼女の真似でぺこぺこ言っているうちに自動的に彼女の名前を呼んでいることにもなり、名前を呼ぶことで心理的なギャップが埋められ彼女をより身近に感じるようになってしまい、彼女の第一の特徴である「ぺこ」をより魅力的に感じてしまうようになる。
我々は、ぺこぺこ言えば言うほど、ぺこらから離れられなくなってしまうのだ。
このように「ぺこ」は使い古されたシステムに立脚した、実はめちゃくちゃな効率的なキャラクター付けであると言えよう。
「ぺこ」の用法
①終助詞
名詞や動詞の終止形に付く。語としての意味は少なく、語調を整えたり、兎田ぺこら(およびそのファン)が発話していることを示したりする。
「リツイート頼むぺこ!」
後ろに助詞、助動詞を用いることで意味や敬意を付加することができる。
「お名前はなんていうぺこですか?」
この語自体には意味がないため、省略しても意味が通る。
②間投詞
「こん」や「おつ」のようにスラング的に用いられる挨拶に付き、「こんぺこ」「おつぺこ」のように一単語として挨拶に用いられる。
一般的に知られる用法としては上のふたつが挙げられるのだが、「ぺこ」は進化を遂げており、接続助詞の用法を得ている。
③[「―な」の形で]接続助詞
動詞の終止形に付く。
他の接続助詞の代替として用い、取り替わった接続助詞の意味を引き継ぐ。
〔接続助詞「から」の代替〕
「システムを説明するぺこな」(順接)
「優しく拭いていくぺこな」(順接)
〔接続助詞「て」の代替〕
「OK、ちょっと待つぺこな」(順接・継続)
ぺこは終止形接続の助詞であるため、代替前は連用形に活用していたが終止形に変化している。
接続助詞用法で挙げた例文はすべてASMR作品『兎田ぺこら「うさぎ喫茶で癒しの午後」』のセリフとして書かれたものからの引用なので、普段のライブ配信が口語としての「ぺこ」であるとするならば、接続助詞の「ぺこ」は文語としての用法と言える。
(※この用法は研究途中であり、品詞分解して終助詞「ぺこ」と終助詞「な」が連結した表現である、とも考えられる。しかしニュアンス的には明らかに順接の意味が入っており、終助詞の連結とすると「な」に順接の意味がないと成り立たないため、青山はぺこ=接続助詞説を第一として考えている。)
進化する「ぺこ」
以上のように、「ぺこ」は意味のない単なるキャラクター付けの語尾から、文法構造の一部へと進化しつつある。
それはこれを使うのがVtuberだからである。Vtuberは最先端のクリエイターである。最先端に付随するものは勝手に進化していくのだ。
とはいえ、最も最先端である接続助詞としての用法は、接続する動詞の活用形を変化させる必要があるため、終助詞のものと比べると自由度が低く、現状では音声作品・二次創作SSのセリフとしてのみ使われるだけだが、今後熟達した話者が現れれば、さらに多くの接続助詞の代替として使われることも予想される。
終止形接続の接続助詞を含む決まり文句(「紆余曲折あろうとも」とか「するやいなや」など)は、読者も同じボキャブラリーを持っているならわりとすぐに代替できそうだ。
ぺこら本人は既に日本を代表する存在だし、いずれ「ぺこ」が世界を
兎耳る時も近いかもしれないぺこね。