ご近所サバイバル

道を挟んで向こう側に見える一軒家の、その3階部分、あるいは広めの屋根裏なのかもしれないが、そこから日は昇ってくる。
狭い町内ではあるが、かの家に一体どういった家庭があるのかなんぞは知る由もない。
私の日課なのだ。公園のベンチに腰掛け、ぬるくなりかけているコーヒーの缶をクルクル回す。

私はこの時間帯が好きだ。
くれぐれも日の出ではない。
日の出によって全てのものに色が吹き込まれる、その直前の時間である。
森羅万象、すべてが日の出を待っているこの時間。
そのものが持つ色を暗きに潜めたまま。あと数分としないうちに世界に色が戻ってくる。
それまでの時間である。私はコーヒーを飲み終え、空いた缶を隣に置く。

そして訪れる日の出、旧態依然として残っているものに新たに命が宿る、一大のスペクタクルである。
朝焼けがじりじりと雲を燃やし、それまで黒だった空が青く、次第に紅く染まっていく。
一日はミクロな四季である。
冬の時間は日出という春一番で破られる。
南中で盛夏を迎え、日没が秋分である。
そして翌日の立春まで再び凍り付く。
一年はマクロな一日に過ぎない。
隣に置いた空き缶を、くずかごに投げ入れる。

遠くでカラスが鳴く声が聞こえる。
彼らは朝焼けにも夕焼けにも鳴く。
人間の赤ん坊が寝入りに泣くのは、眠りに落ちる感覚が死を彷彿とさせるからだという。
自分から自分が遠ざかるのを避けるため、赤ん坊は寝入りには、文字通り必死に、泣くのだという。
根源的には、快楽は恐怖である。被害者だけが存在する営みはすべからく恐怖である。

そろそろ、桜の咲くころだ。
眩しい光には、私の色では太刀打ちできない。
早起きの乗用車が目前の道を通る。
時間というのは一人でいると長い癖に、そこに他のアイコンが現れると途端に早く回りだす。

では、帰ろう。
他の誰かに見つかる前に。

この気持ちがバレる前に。

公開:2023/5/19 初版:2017/4/21

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