窓辺でのざわめき

放課後の文芸部の部室は、既に薄暗かった。
来た時にはまだ高かった太陽もすっかり傾いて、夕暮れを演出している。
窓際の席に座ったまま、僕はなんとなく校庭を見下ろしていた。
今日は原稿を進める気にもなれず、参考にしようと思っていた本も開いたまま、手が止まっている。
手を伸ばして電灯をつける気にさえなれなかった。
外にはほんの少し風があって、校庭の木々が揺れていた。
夕方の光に照らされた校舎が、どこか金色に輝いて見える。

ふと、視界の隅に見覚えのある人影が見えた。

──ころさんだ。

そう心の中でつぶやいただけで、少し温かいような、くすぐったい感情が生まれる。
ころねは、クラスメイトであり、幼馴染であり、僕にとって特別な存在だった。
髪をゆらゆら揺らしながら、バドミントン部のジャージ姿で校庭を歩いていく姿は、見慣れているはずなのに、なぜか今日はやけに目が離せなかった。

……その隣に、もうひとり、男子生徒がいた。

誰だろう? 同じクラスだったかな。ころさんと、仲良い人だっけ?
そう思いながら目で追っていると、二人は校舎裏の方へと曲がっていく。
ちょうど見えにくい位置になるが、角度的に──ギリギリ、見える。

男子生徒は、何かを言っていた。
ころさんは、笑っていた。いつものほんわかした笑顔。

声は届かない。でもあれはただの会話ではない──雰囲気でわかってしまった。

……ころさん、告白されてる……?

胸がきゅうっと締めつけられた。

なんでだろう。理由なんて分からない。
でも、その光景を見た瞬間、思考が止まってしまった。
視界がにじむような、足元がふわつくような、不安定な感覚。
思わず、身を隠すようにカーテンを閉めた。

……いや、理由は分かってる。
僕は──ころさんに、恋をしていたんだ。

少し考えてみれば、当たり前のことだった。
明るくて、優しくて、あったかくて。
ちょっと天然だけど、言葉のセンスが独特で、話してるといつもクスッと笑っちゃう。
顔も、声も、笑い方もかわいいし、スタイルだってよくて、スポーツ万能で。
どんなことにも一生懸命で、部活ではエースで、誰からも好かれてて、人気者で……。
でも、そんなころさんが、誰よりも笑いかけてくれるのは、いつも僕だった。
子供のころから、ころさんの隣は僕の定位置だった。
朝の登校も、授業中の席も、帰り道も、隣にいるのが当たり前で。
どんな人込みの中でも、僕を見つけると「おかゆ~!」と笑顔で手を振ってくれる。
それが何より誇らしくて、心地よかった。

……それだけじゃなかったんだな

僕は、ころさんが好きなんだ。
同じ高校を選んだのも、ころさんと離れたくなかったからだ。
親友でも、幼馴染でも、隣の席の仲間でもなく──
ちゃんと、ちゃんと「好き」っていう気持ちだったんだ。

でも、そんなころさんに彼氏ができたら。
あの男子と付き合うようになったら。

僕は──二番目になっちゃうのかな。

そんなの、いやだ。
けど、口に出せる資格なんてあるはずもない。
ころさんにはころさんの生活がある。
好みだって、進路だって、恋路だって──。

結局、僕はころさんについてきただけだ。
ころさんの隣から離れたくなくて、ずっと、ついてきただけ。

ころさんにはころさんのままでいて欲しい。
幸せを、願いたい。
でも、僕はそれを願いたくないと思っている。
それは、ころさんの人生を邪魔してるって、ことなのかな。
複雑すぎて処理しきれない感情が、胸の奥でぐるぐると渦を巻いていた。

ふいに、カバンの中のスマホの通知音が鳴った。
僕はすこしドキッとしたけれど、内容を確認する気にはなれなかった。
そして部室はまた静かに、そしてさらに暗くなった。

夕日が落ちて、空が茜色から群青へと移り変わりつつあった。
下校の時間にはまだ少し時間があったが、僕は帰ることにした。
原稿は何も進まなかった。
僕の中に芽生えた気持ちだけが、まだ名前を持たないまま、静かに揺れていた。

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