その日の夜、もう寝てしまおうと思っていた頃。
スマホの通知が鳴った。
画面に表示されたのは──
『ころさん:おかゆ〜もう寝ちゃった?』
たったそれだけの短いメッセージ。
寝る前にするちょっとしたやりとり。僕たちのいつも通りの習慣だった。
たぶん、ころさんはいつも通り、今日あったことなんておくびにも出さずに、何気ない会話をしようとしただけだと思う。
でも──僕の指は、画面を開けなかった。
もし、今日のことを話されるとしたら。
あの男子に告白されたこと。返事をどうしたのかってこと。付き合うのかどうか──
それを聞いたら、どんな顔をしていればいいんだろう。
それとも、いつも通りの“おかころタイム”が始まるだけなのかもしれない。
くだらないスタンプの応酬とか、しょうもない日常の報告とか。
でも、それすらも、怖かった。
──何事もなかったみたいに話すのは、もっと無理だ。
僕の心の中では、もう、昨日までとは何もかもが変わってしまっていたから。
通知画面を何度もスライドしては戻して、指を伸ばしかけては引っ込める。
まるで、スマホの向こうにいるころさんと、目を合わせられないみたいに。
結局、その夜、メッセージを開かないまま、スマホを伏せて寝てしまった。
……いや、眠れなかった。
目を閉じても、今までの思い出とか、ころさんの顔ばかり浮かんできて、胸が締めつけられるだけだった。
* * *
次の日の朝、ころさんはいつも通りだった。
「おかゆ〜、おはよ〜!」
「……おはよう、ころさん」
「今日さ〜、朝からパン買いに行ったの!メロンパン売ってた〜!ラッキ〜!」
「へぇ、よかったね」
いつも通りの声、テンション、笑顔。
でも僕は、目を合わせられなかった。
喉に何かが引っかかって、うまく笑えない。
ころさんは、僕の変化に気づいていないような顔をして、いつも通りに接してくれる。
でも、その「いつも通り」が、こんなにも苦しいだなんて──思ってなかった。
教室でも、部室でも、帰り道でも。
僕はできるだけ、話さないように、目を合わせないようにしていた。
気づかれないように、そっけなく。
でも、あからさまにならないように。
自分では、それでうまくやれていると思っていた。
2、3日が経った頃。
放課後、クラスのほとんどが教室を出て行って、静けさが広がる中──
「ねえ、おかゆ?」
後ろの席から聞こえてきた声に、心臓が跳ねた。
ころさんだった。
「なんかさ、最近……悩みごとある?」
──やっぱり、気づいてたんだ。
ころさんは、天然でのんびりしたように見えるけど、そういうところだけ、妙に鋭い。
人の心の動きに敏感で、そっと寄り添ってくれる。
僕は、今まで何度もこの子に助けられてきた。
からだの調子も、心の調子も。ころさんは、いつも僕の変化を見逃さなかった。
「……実は、ちょっとだけ、あるんだ」
そう言うと、ころさんはほっとしたように笑って、僕の隣の席にちょこんと座った。
「えへ、やっぱり? こぉねでよければ、話聞くよ〜」
「ううん。ころさんにしか、話せないことなんだ」
「……なになに?」
ころさんは首をかしげながら、僕の顔をのぞきこんできた。
その距離に、僕の心が、そっと揺れた。