放課後の教室は、静かだった。
周囲の机がぽつぽつと空になっていく中、僕ところさんだけがまるで時間に置いていかれでもしたかのように残っていた。
カーテンが窓からの光をやさしく揺らし、机に落ちる影がゆっくり伸びていく。
僕は俯いていた。
──言わなきゃ。ちゃんと、話さなきゃ。
ころさんにしか話せないって、そう言ってしまった。
それは言い訳じゃなくて、ほんとうの気持ちだったから。
……逃げずに、向き合わなくちゃ。
「実はね──この間、見ちゃったんだ」
「うん?」
「ころさんが……校舎裏で、男の子に告白されてるところ」
一瞬、ころさんの肩がぴくっと揺れた。
「あー……そっか、見られちゃってたんだ〜」
ころさんは、ちょっと照れくさそうに頭をかく。
「ご、ごめんね。見るつもりじゃなかったんだけど……」
ころさんから目が離せなくて、とは言えなくて、僕の心臓はもう破裂寸前だった。
ほんとは聞きたくない。でも、聞かずにいられない。
「……その人と、付き合うの?」
ころさんは少しだけ驚いた顔をして、そして首を横に振った。
「ううん。断ったよ〜」
その言葉に、思わず胸をなでおろした。
でも──その直後に続いた一言が、また別の痛みを呼ぶ。
「こぉね、好きな人いるから」
「……そう、だよね」
当たり前のことなのに、息が苦しくなった。
頭の中では理解してる。でも、心が追いつかない。
ころさんにはころさんの、好きな人がいる。
当たり前のことなのに。
「こぉねの好きな人はね……」
その言葉に、涙が勝手に溢れてきた。
「ごめんころさん、それ、聴きたくない……」
好きな人の、好きな人の話なんて。
自分でも整理できない感情が、堰を切ったように溢れてくる。
ころさんの“好き”が、自分じゃないと分かった瞬間が、こんなにも苦しいだなんて。
「ううん、聞いて?」
僕はもうしゃくりあげながら、それでもせめて泣き声だけは漏らさないようにしていた。
ころさんは、やさしい目のまま、そんな僕を見ていた。
「……聞いてほしいんだ、おかゆには」
ころさんは、まっすぐ僕を見つめて、言葉を紡ぎはじめた。
「こぉねの好きな人はね──やさしくて、面白くて、こぉねのこと一番に考えてくれる人なの」
「……」
「昔からずっと一緒にいてくれて、どんなときも隣にいてくれる人。こぉねも、ずーっと一緒にいたいなぁって、思ってる人」
「……え、それって……」
心臓が、きゅうっと鳴った。
さっきまでとは違う、もっと甘くて、温かくて、でも確かな痛み。
もっともっと、甘酸っぱいような。
ころさんが、ふわっと笑った。
「こぉねね──おかゆのことが、好きなんだ」
「……う、そ……」
「ほんとだよ。ずっとずーっと、言いたかったんだけど、言えなかったのは、こぉねも同じだよ」
もう言葉は出なかった。
そのかわりに、胸の奥にたまっていた感情が、涙と一緒にぽろぽろと零れていくようだった。
「おかゆ、こぉねの恋人になってくれる?」
あまりにもやさしくて、あたたかくて、夢みたいな問いかけに──
僕はただ、何度も何度もうなずいた。
「……うん……もちろん、なるよ……なる……!ころさん……!」
ぎゅっと、ころさんに抱きついた。
涙が止まらなくて、でも、そこにはもう、悲しみはひとかけらも残っていなかった。
「……嬉しい……ころさん……大好き……!」
「えへへ〜、こぉねもだよ〜。おかゆ、大好き〜!」
二人だけの、放課後の教室。
いつもと同じ場所なのに、世界がほんのり甘く色づいて見えた。