「ん……」
その目覚めは、ひどく悪かった。
猫又おかゆは、どうやら机に突っ伏したまま眠ってしまっていたらしい。身体を起こすと、背中や腕のあちこちに鈍い痛みが走る。変な姿勢で長時間眠ってしまったときの、あの嫌な感覚だ。
身体を起こしてみたものの、あたりは暗く、ほとんど何も見えなかった。かろうじて窓の外に、冷たく瞬く星空が見える程度だ。
(いったい今、何時なんだろう……帰らないと……)
やがて目が闇に慣れてくると、微かに周囲の輪郭が浮かび上がってきた。
しかし――見慣れない部屋だった。
確か、事務所の会議室にいたはずだ。なのに今いるここは、どう見ても古い洋館の一室だった。高い天井。壁には額縁のようなものがかかっているが、暗すぎて絵柄はわからない。空気はひんやりと湿り気を帯びていて、かすかに埃と、古い木の匂いがする。
突っ伏していたのは木でできた上等な長机で――そしてその隣には、戌神ころねが同じようにして眠っていた。規則正しい寝息が、しんと静まり返った部屋の中で妙に大きく聞こえる。
おかゆはころねを起こさないように、そっと椅子から立ち上がった。足元の床板が小さく軋む。部屋の中をゆっくりと歩き回ってみたが、やはりこの場所に見覚えはなく、持ってきているはずのスマートフォンも、鞄も、自分の荷物はどこにもなかった。
廊下に通じていると思しきドアに手をかけてみる。がちゃ、がちゃ。重い金属の感触。しっかりと施錠されていて、どう力を入れても開く気配はなかった。
胸の奥に、冷たいものがじわりと広がる。
「……ころさん。起きて」
おかゆはころねのもとに戻り、その肩を軽くゆすった。
「……んぅ~~?」
ころねはすぐに目を覚ました。薄闇の中で何度か瞬きをして、寝ぼけたまま顔をあげる。
「おかゆぅ……おはよぉ……」
いつもと変わらない、のんびりとした挨拶。しかし、おかゆは穏やかに返す余裕がなかった。
「ころさん……僕たち、変なところに閉じ込められてるみたい」
その声のトーンに、ころねの表情がすっと変わった。
「ん、どういうこと? 閉じ込められたって……」
「うん……。この部屋、見たことないし、ドアには鍵がかかってて外に出られない。スマホも荷物も全部ないんだ」
いつも飄々としているおかゆが、こんなふうに不安を滲ませることは珍しい。ころねは椅子から立ち上がり、暗闇の中を見回した。高い天井。重厚な壁。窓の外に浮かぶ星空だけが、かろうじて外の世界が存在していることを教えてくれる。窓ははめ込まれていて、開けようとしてもびくともしなかった。
ふたりはしばらく、手探りで暗闇の中を探索した。
壁際の棚。引き出しの中。暖炉の上。冷たい石の感触、木の感触、布の感触――指先だけを頼りに、ひとつひとつ確かめていく。
やがて棚の奥から見つけ出した、手持ち式の燭台とろうそく。古びたマッチで火を灯すと、小さな炎がゆらりと揺れ、ふたりの顔をぼんやりとオレンジ色に照らし出した。
それが、ふたりの手元にあるすべてだった。
たった一本のろうそくの灯り。その頼りない光の輪の外側には、底の知れない暗闇がどこまでも広がっている。