「真っ暗な時はすっごく怖かったけど、やっぱりさ、明るいと安心するね」
ころねがぽつりとそうつぶやいた。
ろうそくの炎は小さく揺れながらも、確かにふたりの周囲を柔らかく照らしている。当然のことだが、お互いの顔が見える。たったそれだけのことなのに、ふたりはまるで、すごく久しぶりに相手の顔を見たような――そんな不思議な感覚を覚えていた。
少し安心したとはいえ、おかゆの表情はまだ硬いままだった。眉の端がわずかに下がって、ろうそくの灯りに照らされた瞳が揺れている。
その顔を見て、ころねはにこっと笑った。
「大丈夫だよおかゆ! こぉねが一緒だから、安心してね?」
その笑顔は、薄暗い洋館の中にあってなお、いつもの配信部屋にいるときと何ひとつ変わらなかった。
「……でも、ここから出られないんだよ? 鍵がかかってるし……」
「鍵はねえ、多分この部屋の中にあるよ」
ころねは何でもないことのようにつぶやいた。おかゆが不思議そうに目を瞬かせる。
「どうして分かるの?」
「なんかね、こぉね、ここって現実世界じゃない気がするんだ」
「それって……し、死後の世界……とかじゃないよね?」
おかゆの声がわずかに上ずった。ろうそくの炎がふるりと揺れる。
「そうじゃなくってえ」
ころねは軽く手を振って、部屋の中をぐるりと見回した。暗がりに沈む調度品、窓に垂れる重たいカーテン、そして――内側に鍵穴のついたドア。
「なんかゲームっぽいなぁって」
「……ゲーム?」
「そうそう。脱出ゲームみたいだなって。だってさ、内側に鍵穴があるドアって変でしょ? 普通、鍵は外側についてないと意味ないし」
おかゆはドアのほうに目を向けた。確かに、鍵穴はこちら側――部屋の内側を向いている。外から人を閉じ込めるためなら、鍵穴は廊下側にあるはずだ。
「言われてみれば、確かに……」
「まるで『謎解きしてください』って言われてるみたい、ってこぉねは思ったよ」
普段のんきなころねの、思いがけず鋭い着眼点。おかゆは少し目を見開いてから、ふっと息を吐いた。こわばっていた肩から、すっと力が抜けていく。
「……そう考えると、僕たちの得意ジャンルだね」
「そうだよ! 二人で脱出しようね! おかゆ!」
ころねが拳をぐっと握ってみせる。その目は、新しいゲームを前にした時と同じ輝きを放っていた。
ふたりは燭台を掲げ、改めて部屋の中を探索し始めた。棚の裏、引き出しの二重底、暖炉の灰受け――先ほど暗闇の中で手探りした場所を、今度は光のもとで丹念に調べ直していく。
やがて、おかゆの目が壁にかかった一枚の絵画で止まった。風景画のようだが、不自然にわずかだけ傾いている。額縁に指をかけ、そっと持ち上げてみると――裏側に、古びた鉄の鍵がテープで貼り付けられていた。
「……あった」
「おおー! さっすがおかゆ!」
鍵穴に差し込み、回す。がちゃり、という重い音が暗闇に響いて、ドアがゆっくりと内側に開いた。
その向こうに広がっていたのは、長い廊下だった。ろうそくの灯りが届かないほど奥まで続いていて、先は完全な闇に呑まれている。壁に並ぶ古い燭台には火が入っておらず、等間隔に並ぶその影が、まるで何かがじっとこちらを見つめているようにも見えた。
冷たい空気が、廊下の奥からゆるやかに流れてくる。
ころねとおかゆは顔を見合わせた。
「……よし、じゃあ行こっか」
「うん。行こう」
ふたりは、たったひとつの灯りを頼りに、暗い廊下へと足を踏み出した。