ふたりは矢の罠があった部屋の中を、慎重に探索していた。
明かりはろうそくひとつきり。ふたりが一緒に動けば片方は必ず暗がりに背を向けることになる。だから声をかけ合いながら、互いの位置を常に確認して――罠があるかもしれない場所には、まず灯りを向けてから手を伸ばすようにした。
「なんにもないねぇ」
「次はそっちの棚を見てみようよ」
壁際の棚、机の引き出し、床板の継ぎ目、暖炉の中。ふたりはろうそくを頼りに部屋の隅々まで調べ上げたが、最初の矢の罠以外には、鍵も、メモも、意味ありげな仕掛けも――何ひとつ見つからなかった。
一度廊下に出て、隣の部屋に移る。
今度は慎重だった。ドアノブに手をかけたころねが、おかゆに目配せをする。おかゆがうなずき、ドアの正面から身体をずらして壁際に寄った。ころねがそっとドアを引く。
案の定、暗がりの奥から矢が射出された。しかし今度はふたりとも射線の外にいる。矢は誰もいない廊下の空気を切り裂いて、反対側の壁に乾いた音を立てて突き刺さり――そして、すぐに煙のように消えた。
「ナイスクリアリング!おかゆぅ!」
「ころさんもナイス連携だよ」
小さくハイタッチを交わして、部屋に足を踏み入れる。
しかし――この部屋にも、何もなかった。
調度品の配置は微妙に違うものの、構造はほとんど同じだ。同じような棚、同じような机、同じような暖炉。そして同じように、手がかりになるものは何ひとつない。
次の部屋も、同じだった。
その次も、その次も。
ふたりは何の成果も得られないまま、何度目かの廊下に戻っていた。ろうそくの蝋はじわじわと短くなっている。炎が照らす範囲が、心なしか狭くなった気がした。
「ころさん、僕思ったんだけど……」
おかゆが静かに切り出した。ころねが振り向く。ろうそくの灯りに照らされたおかゆの横顔は、何かを確かめるように、慎重に言葉を選んでいるようだった。
「ここが謎解きゲームなのは間違いないと思うけど……このお屋敷さ、まだ"作成途中"なんじゃないのかな……」
「……たしかに、こぉねもそんな気がする」
「ね。さっきから同じような何もない部屋ばっかりで、解くべき謎がないんだよ」
ふたりはゲーマーだ。数え切れないほどのゲームに触れてきた経験が、直感的にそう告げている。
こういう探索型のゲームを作るにあたっては、まず外観と部屋の大枠を作り、仕掛けやギミックは全体の整合性を考えながらあとから設置していくのがセオリーだ。今のこの洋館は、まさにその「あとから」が来ていない状態に見える。多くの部屋は、解くべき謎がまだ用意されていない空き箱――ハリボテのセットのように見える。
「ちゃんと出られるように作ってあるのかな……」
おかゆが、ぽつりとつぶやいた。
その一言は、廊下の暗がりに重く沈んだ。
「謎を解いて脱出するゲーム」であるならば、「出られるだけの謎」がなければ脱出は不可能だ。謎そのものが存在しなければ、どれだけ探索しても、どれだけ頭を使っても、永遠にここから出ることはできない。
ここは作成途中のゲームのテストエリアで、"脱出"という出口がまだ用意されていない空間だとしたら?
それはふたりにとって、罠や暗闇よりももっとずっと恐ろしい可能性だった。
「……きっと、大丈夫だよ」
ころねが答えた。しかしその声は、いつもの弾むような調子ではなかった。明るく振る舞おうとして、でも上手くいかなかった――そんなふうに聞こえた。
ころねの手が、そっとおかゆの手を探った。指先が触れて、そのまま強く握る。
おかゆはそれに少しだけぴくりと反応して、そして握り返した。
ろうそくの炎がゆらりと揺れた。溶けた蝋が燭台を伝い落ちていく。薄暗い廊下には、ふたりの影だけが長く、長く伸びていた。